フリークライミング(ボルダリング、ルートクライミング)を始めて3年が経った。
この記事では自分の備忘録を兼ねて今までの変化や経緯を書いている。
どういう経緯で始めたのか、そしてどうなったかなども書いているので、まだ始めてない人、始めたばかりの人にも参考になるかもしれない。
- 始めたきっかけ
- はまったきっかけ
- 成長過程
- 身体的変化
- 怪我・故障の履歴
- 外岩ボルダーへの取り組み
- ルートクライミングへの取り組み
- 3年目の現在と自分のクライミング傾向
- 3年を振り返って
- 今後(5年目へ)の目標
始めたきっかけ
もともと日帰り登山をしていたこと、そしてその仲間がクライミングの延長としてやってみようと言い、ボルダリングジムに行った。
たぶん一人だったら始めていなかったと思う。
経験者のいない全くの初心者のみで始めた。
はまったきっかけ
単純に登ってるのが面白い。
完登できなくても面白いし、完登できたらもっと面白い。
初めてジムに行った日で昼飯を挟んで4時間は登っていたはず。
その次の週も行って、以降は週1ペース。
2ヶ月後には週2~3ペースになっていた。
クライミングシューズ・チョークバッグを買ったのは初めて3ヶ月後ぐらいのことだったと思う。
成長過程
曖昧だけれど、だいたいこんな感じ。
- 1年目・・・オンサイト 5級 レッドポイント 4級
- 2年目・・・オンサイト 4級 レッドポイント 2~3級
- 3年目・・・オンサイト 3級 レッドポイント 1~2級
早い人は1年目で初段に突入するので自分の成長は遅い方だ。
学生時代から一切運動をしていなかったのも痛い。
停滞期に入ると3ヶ月ぐらい進捗がないこともある。
でも今のところ、成長が頭打ちになっている気配はない。
身体的変化
身長は168cm。
初める前は、 体重56kg、体脂肪率15%
3年経った今は、体重56kg、体脂肪率10%
脂肪が筋肉に置換されただけ。
ストイックな筋トレは何もしていない。
3~4時間ジムで登った後にキャンパスボード、腹筋や体幹トレーニング、腕立てを少し。
怪我・故障の履歴
- 左手薬指急性腱鞘炎(パキり)(中度) 全治2ヶ月
- 右手薬指急性腱鞘炎(パキリ)(軽度) 全治2ヶ月
- 左手薬指急性腱鞘炎(パキり)(軽度) 全治1ヶ月半
- 右手薬指急性腱鞘炎(パキリ)(軽度) 全治1ヶ月半
他にも軽度な手首の痛みや肘の痛み、股関節の痛みはあったけれど、忘れた。
大怪我はしていないし深刻化することもない。
最近はどれくらいの無理をすれば壊れるのかわかってきたので、あまり無理はしないようにしている。怪我や故障が一番成長の妨げになる。
基本的に怪我のためのレストはしない。
テーピングで保護するなりして、痛みを感じないムーブ、課題をのぼっていた。
外岩ボルダーへの取り組み
室内でのボルダリングを始めてから1年後。
4級の後半戦に挑んでいた時期だったと思う。
1回目に行ってすぐマットを買ったのを覚えている。
以降は年2回ペースぐらいだったけれど、 2年目後半からは週1ペースの外岩志向に変わった。
週末にジムにいることが滅多にないくらいに。
ルートクライミングへの取り組み
2年目後半。いきなり外岩からだった。
その後で室内のリードを経験。以降は週1ペース。
基礎しか勉強できておらず、まだまだ覚えることがある。
室内のリードよりも外岩のリードの方が好きだ。
室内は窮屈に感じる。外岩の「すべて自分で探してなんとかする」感がたまらない。
3年目の現在と自分のクライミング傾向
今はジム週2+外岩ボルダー週1+外岩リード週1ペース。
怪我・故障は目立ったところは特になし。
心情的にジム:外岩の比重はちょうど半分くらい。
ようやく自分のクライミングに対する考え方、傾向がわかってきた気がする。
同じ課題を何度も登るのは苦じゃない。登るたびに発見があって面白い。
新しい課題に挑むときは無理してオンサイトよりも、怪我・故障を避けて安定して登ることに対する意識が強い。なのでオンサイト率は低め。
ある程度の取っ掛かりは教えてほしいけれど、それ以降は自分でムーブを解析して登るのが好きだ。
グレードを追い求めるより、自分で満足できる登りのほうを重視している。
バタバタ無理して完登するより、考えたムーブがバッチリ決まって登れたときのほうが最高に気持ちがいい。
3年を振り返って
3年続くとは思ってなかった。
そして3年はあっという間だった。
今後(5年目へ)の目標
- クライミングを続ける
- ホームジムの水色(1~2級)をすべて完登する
- 外岩ボルダーの二段を完登する
- 室内/外岩リードの5.11dを完登する